2008年6月19日

「独学でデザイナーになってみたという話」続篇書かなきゃ(汗)

「独学でデザイナーになってみたという話」が半年以上止まってた......(滝のよーな汗).待っててくれてた人,ごめんナノダ.

  1. 独学でデザイナーになってみたという話
  2. ワープロ専用機の時代

次回は「雑誌編輯の延長線上で」を予定してます.3回目にしてやっとデザインのデの字が出てくるはずです.

2008年5月18日

「国立能楽堂コレクション展」グラントワから



今展示室から出てきました。ニャンと、「道成寺」の鐘の内側まで覗いてきました。

2008年3月28日

島根県芸術文化センター「グラントワ」のサイトをリニューアル

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島根県芸術文化センター「グラントワ」(益田市)のサイトがリニューアルし,今日の午後に公開されました.デザインを石川陽春が担当しています.

グラントワは,島根県立石見美術館と島根県立いわみ芸術劇場からなる,島根県西部の石見地方における藝術文化の拠点施設です.津和野町出身の作家・軍医で美術批評の分野でも業績をあげた森鴎外にゆかりのある美術品や,吉賀町出身の森英恵の作品を含むファッションのコレクション,大小のホールから,カリン材の赤い床のホワイエ,水盤のある中庭広場までも活用した数々のパフォーミング・アートといった特色のある活動ぶりは,開館当初から私の耳にも聞こえていたところでした.石州瓦と呼ばれる石見地方の赤瓦を,屋根ばかりでなく外壁にまで駆使した,内藤廣設計による建物にも大いに興味がありました(これでも一応,建築史で修士論文まで書いたことがあります).

同じ県内といえども私の住まいからは遠方に当たるため,なかなか訪れる機会はなかったのですが,まさか仕事で縁ができるとは思いませんでした.美術・舞台芸術・建築といった,かねて関心のあるテーマがズラリとそろった得難い機会.サイトの規模に比して短期間の仕事ながら,大いにやりがいがありました.

私がかかわり始めた段階で,サイトの構成は細部にわたるまで検討が進んでいたため,私はそれを具体的な形に仕上げつつ,必要に応じて自分のアイディアを加えていきました.例えば,季刊紙『Grand Toit News』のバックナンバーのPDFファイルをダウンロードできるようにするのは,私が参加する以前に決定していたことですが,ファイルへのリンクに,1面のサムネイル画像や主要記事の見出しを添えることは,私から提案したという具合に.中には,トップ・ペイジや美術館,劇場のペイジで,キャッチとなる3枚の写真を交互に表示させている箇所のように,頼まれもしないのに(笑)盛り込んだものもあります(とはいえ,建物を写真で紹介したいという話は出ていたものですから,その方策として考えたことでもありました.現在はトップ・ペイジ,美術館,劇場で各1組の写真となっていますが,ペイジごとに異なる写真を組み合わせることも可能です.ひょっとしたら,いずれ新しい写真が登場するかも知れません).

話したいことは尽きませんが,まずは気の向くままお目通しのほどを.

2008年2月 8日

にしおかぁ〜すみこだよぉ

郵便局で買ったエクスパック500の封筒から,依頼主用保管シールをどーやってはがすのかわかんなくて,局員さんに頼ったのは,どこのどいつだぁ〜??

……あたしだよ!!

本日の実話(汗).あれってミシン目あるけど,どこに指ひっかけたらはがせるんだか,うーん,わかんないノダ.

2008年2月 2日

松江大橋北詰「川京」に行く[2]

「松江大橋北詰「川京」に行く[1]」のつづき

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鰻くん.人名じゃなくて,鰻の燻製のこと.ほんのりスモ〜ク.

20:00ちょこっと前ぐらいだったか,川京の名物おやっさんがついに登場.カウンター席だけの店内だってぇのに,小型の拡声器片手に「れでぃーす・あんど・じぇんとるめん……今日は外国人のお客さんはいらっしゃらないようなので,得意の日本語で」と,宍道湖のスズキといえばこのメニュー,鱸の奉書焼きの由来の解説はじまりはじまり.かの松平不昧公に,焼いた鱸をそのまま献上するは畏れ多しとて,奉書に包んで捧げたという,あの話ですニャ.ナンでも,奉書焼き食べて,松江大橋を南に渡った寺町の出世稲荷神社にお参りすると出世できるとか.今日は鱸さんまではお腹に入りそーにないんで,次回はゼヒ鱸の奉書焼き+出世稲荷コースといきやしょか.

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お刺身.手前左はのシラウオと,右のモロゲエビも宍道湖名物.うしろの白いお魚は海のものらしいけど,んーと,名前ナンだったっけ? でもこれがふわっとしててイケるのよね.

いや〜,あなたがあのピーナツおやじさんですか!

2年くらい前からあっためてた初対面の挨拶(笑),とーとー口にすることができやした.バンザ〜イ.ま,電話じゃ話したことあったけどニャ.こりゃまたビックラしたことに,ニャンとわが「タヌキにゅーす」の読者にてあらしゃるとか.ヒャー,はずかしわ〜んっ(大汗).

「ワタシもユーモアじゃ誰にも負けないと思ってるけど,イシカワさんにゃかないませんわ」って,そんなそんなワタクシなんぞ,ピーナツおやじさんの足もとにも及びやしませんですばい.

「(タヌキぼーやのデザインしたものを見た印象では)40歳くらいの感じの人かと想像してたら,少年みたいな感じが残ってて……」

気分はまだまだハタチ前のタヌキぼーや,面目躍如(ヲイ).デザインのゲエフウと当人のキャラクターが一致しないってのは,時々言われます,ハイ.

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鰻丼.焦げ目の香ばしさと言ったらもう.ごはんの下にゃ竹の皮が敷いてあるノダ.

お客さんの中にゃ,「仕事のあと,東京から食事に来た」っていう大移動の御一行がいたのにゃタマゲたニャ.うわ〜,はるばるそーやって来る人までいるのね.後日,タヌキぼーやの飼い主その2こと 女王陛下(誰?)からは「あそこはホント,名店なのよ.あちこちから食べに来てるよ」との仰せこれあり.あんま遠出しないタヌぼーなんで,そりゃビックリする話だけど,でもあの味は食べに行きたくなりますワナ.ナットクナットク.

そんなこんなで,念願かなって初めての川京.お店出て松江大橋まですぐってのもうれしいわニャ.大橋川とは言っても,湖と松江大橋の間に宍道湖大橋が架かる前の時代にゃ,目の前に湖が広がってたよーなトコだから,松江大橋の上までは,湖が間近に感じられるノダ.「ふむ,この宍道湖のおいしいモノ食べたんだニャ」とか思いつつ,駅へと向かうのでありんした.川京一家のみなさま,ごちそーさんになりやした.次は鱸の奉書焼き,いただきま〜す.

(おしまいししまい)

2008年1月29日

松江大橋北詰「川京」に行く[1]

(「松江大橋北詰「川京」に行く[0]」のつづき)

もーちょいで19:00になろうかってときにお店に入ったんじゃないかと思うノダけど,カウンター席だけのこぢんまりとした店内,10数席がほとんど埋まってワイワイガヤガヤ.カウンターの向こうから,キップのいいおっかさんと,そのムスメたる「よーわからんけど,ナンかの部隊」のA隊員に迎えられ,壁と椅子の間をくぐり抜け,どっこいしょと腰を下ろすノダ.

今日のお目当ては鰻としじみナノダ.夏の日中にお店の前通りかかったときが土用の丑の日のころだったのと,こないだ会ったA隊員からしじみの話聞いたのにちなんで.

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ワテも出雲人ってことで,解説なしで出てきたのは,お通しのサルボウ貝.赤貝の一種,って認識でエエんじゃろか? 左のお品書きの絵はA隊員の筆ナノダ.

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きざみネギたっぷり乗せた謎のしじみ汁「お助けしじみ」は川京オリジナル.味噌じゃなくて醤油を使ってるとか.貝のだしがきいてるノダ.残り汁で雑炊作るって話聞いたけど,あんまりうまくて,汁みんな平らげちゃったノダ.

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こちらも見るも初めて食べるも初めての「鰻のたたき」.蒲焼きみたいなタレは使わずに火ィ通して,にんにくとかの薬味と一緒に包丁でトントンしたものじゃないかニャ? 鰻と言ったら蒲焼きしか知らんかったタヌぼー,鰻の皮と身の味わいを再発見ナノダ.

おっかさんによると,川京一家じゃタヌキぼーやは「よーしゅんくん」の名で通ってるらしいぞよ.本名音読みされてまんがな.めったに正しく読んでもらえん名前なんで,よーある話だけど,一家で通じてるってんだから,「あなたのペット,タヌキぼーや」の面目躍如(笑).

A隊員はおっかさんともども,着物姿でお店に立って.うん,やっぱ顔白いわ.その上髪がのびて,近ごろじゃ「紫式部」って呼ばれてるらしいノダ.ワテも実は去年の春から髪切ってないノダけど,まだまだ大銀杏は結えまへんわ(そもそも体格で新弟子検査落とされそーだけど).

さて,川京一家でこの日はまだお店に登場してなかったのが,世に隠れもなき名物おやっさん.初対面の話はまた次回.

(つづく)

2008年1月28日

松江大橋北詰「川京」に行く[0]

ちょと前の話ナノダけど,松江大橋北詰の「川京(かわきょう)」に初めて行ったノダ.宍道湖のしじみやお魚の料理で知られるお店ナノダ.

ここの看板娘がですな,タヌキぼーや率いる「よーわからんけど,ナンかの部隊」の隊員なモンだから(謎),一度は行かねばなるまいとカネガネ思ってたところ,平日夕方に殿町で1日の日程終了とゆー見事なタイミングに合ったんで,ふらりとおじゃましまーす.

(つづく)


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2008年1月27日

ちょこっと雪のたんじょーび

屋根だけ雪景色の写真

ちょいとオヒサにタヌキにゅーすに戻ってみれば,おそとはちょこっと雪でござい.同じ平野部でも,ちょこっと北東の松江くらいになると,もーちょい積もってるかも知れんノダけど,島根県の出雲市っちゅーとこじゃ,こんなもんですわ.斐伊川はさんで東と西で,けっこー違うみたいなのよね.

そんな本日は,タヌキぼーやのたんじょーび.いくつになったか……もう自分じゃよー言いませんわ(爆).気分はね,相変わらずハタチ前でござんすのよ(いつまで言い続けるんだか).

2007年12月31日

雪のおーみそか

うっすら屋根に積もった図の写真

この冬はじめて雪がつもったノダ.冬だもの,こーゆー日もなくちゃいかんワナ.

ちゅーワケで,今年のタヌキにゅーすは,これにておしまいししまい.来年もひとつよろしゅ〜.

2007年12月29日

中華料理で忘年会ナノダ〜

忘年会にお呼ばれして,出雲市の中華料理店「道楽」に行ったノダ.

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箸袋.

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油彩でっか?

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ビリっと来たノダ麻婆豆腐(←いろはかるたみたいな書き方だニャ).

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鰹のたたき.タヌぼーの一番の好物.

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たこのおさしみ+生姜.トロ〜リやわらか.そーいや(人間の方の)タコちゃん元気かニャ?(ひとりごと)

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中身がうんと詰まった焼き餃子.

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胡椒がきいてる麺と野菜の炒め物.この時点でけっこーお腹いっぱいで,あんま食べれんかったノダ(汗).

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デザートぷるるん.


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2007年12月15日

冬だって冷たいうどん

「忘年会&●●さんのお祝いと旧交を温める会」なるものに出てきたノダ.年度かわってから勢ぞろいするってのは初めての面々が総勢7名.こっちに来て間もないオヨメさん囲んで,ローカルな話題を提供してたノダ.「バラパン」の話で一堂盛り上がれるっちゅー勢いで(地元民しかわかるまい).『探偵!ナイトスクープ』の桂小枝探偵に調査依頼出そうかって勢いで(どんな勢いやねん?).

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焼肉やチヂミ食べたあとに,締めくくりは冷た〜いうどん.麺が引き締まってて,ヒサビサにうまいうどんでござんした.春夏秋冬,うどんはこーでなくっちゃ(島根三大猫舌の見解).

2007年12月 8日

大根島の由志園

昨日は大根島の日本庭園「由志園」に行ったノダ.

枯山水の写真

紅葉はぼちぼち見納め.

寒牡丹の写真

寒牡丹がほっかむりする季節でござい.

2007年12月 5日

島根の吉田君

昨日のにゅーすが「島根のおじさま」だったんで,同じ「島根」をしょって立つ鷹の爪団敏腕(?)戦闘主任「島根の吉田君」をGoogle検索したら,ニャンとタヌキにゅーすの記事が2番目に出てきて,ちょとビックリ.

Google検索結果のスクリーン・ショット

ま,9件中の2番目だとゆーのは,この際置いといて(汗).

2007年12月 2日

独学でデザイナーになってみたという話[2]ワープロ専用機の時代

[1]のつづき)

高校の文藝部では,年間4冊の雑誌を作っていました.1冊は印刷所で写真植字+オフセット印刷で仕上げるリッチなものでしたが,残り3冊はワープロで作成した原稿を校内の設備で刷り,製本だけ外部に依頼していました.

前者の写真植字+オフセット印刷の場合,文藝部が長年つきあいのある印刷所の用紙に沿ってレイアウトしました.A5判2段組で,1段あたりの字数と行数も印刷所のフォーマットで決まっていて,専用の原稿用紙に原稿を清書しました.これとし別に,A5判2段組であることを示す罫線を引いた原寸大の指定用紙もあり,そこ各頁各段に対応する原稿用紙の番号や,書体や文字サイズなどの簡単な指定を記入しました.もっとも当時の私の知識では,せいぜい明朝体とゴシック体の区別や,見出し周りの文字のサイズを「本文より○倍大きく」といった程度のことしかできませんでしたが.

一方,後者のワープロ原稿では,各原稿のデザインやレイアウトは,B5判という判型の範囲で筆者の裁量に委ねられていました.印刷所が定めた用紙による制約がない分,好き勝手なことができたわけです.当時1990年代の前半は,まだ今日のように高校に生徒が自由に使えるPCが配備されている時代ではありませんでした.教員でさえ,PCを扱う人材はひと握りしかいなかったはずです.その代わり,ワープロ専用機が全盛期を迎え,「書院」や「文豪」が,職場の文書作成や家庭のハガキ作成などに大活躍していました.私も文藝部で初めて雑誌を作る前に,ワープロ専用機を手に入れました.

この機器,ディスプレイに表示される行数はわずかに4行.印刷した文字のアウトラインはギザギザ.書体は和文・欧文ともに1種類.文字の大きさも等倍・4倍・1/2倍の3種類……などといった具合に,まさに文章を入力するためのシンプルな機械でした.文字に平体(文字の高さを縮めること)や長体(文字の幅をのばすこと)を50%ずつかけたり,白抜きにしたり影をつけたり,文字の背景にアミ点などの簡単な装飾をつけたり,罫線を引いたりすることはできました.それでも,今日私たちデザイナーの多くが使用するグラフィック・デザイン用のソフトウェアや,みなさんがお使いのワープロ用ソフトウェアと比べると,本当に限られた機能しかありません.

しかし,そうした機能上の厳しい制約の中から,いかに工夫して,印刷所で刷られたものに負けない文字組ができるか,ずいぶん研究しながら,このワープロ専用機を使い続けたものでした.数パターンしかない文字サイズとエフェクトをいろいろ組み合わせて見出しと本文の区別を明確にしたり,ルビをふる機能かせない機器でルビをふる裏技を発見したり.時には1度印刷した文字を切り貼りも必要でしたし,縦書きの長い文章を2段組にするために,B5用紙1枚を1段分に見立てて,これを上下2枚並べてコピー機でB5判に縮小させて仕上げることもありました.さすがに文字のアウトラインのギザギザだけは,後年の機種に買い換えない限りは克服しようがないものでしたが,それを補って余りあるだけの文字組は,実現し得たのではないかと思います.こうした試みは,自分のPCを初めて買う大学3年まで続きました.

(つづく)

2007年11月29日

晩ごはんは我が家でSPICE

今日の晩ごはんは,このところサイト作成の仕事をしてきた「インド料理 SPICE」から持ち帰ったノダ.

SPICEはテイクアウトもできるノダ.

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こーしてウチで器に盛ると,見た目はフツーに「隣の晩ごはん」に見えちゃうけど(笑).ヨネスケ師匠の突撃に備えなきゃ.

インド料理なんて初めてのウチの親たち.髪も目も白黒させながらおいしく食べたノダ.

「やっぱスパイスの混ぜ具合が違うわ〜」とはウチのおっ母の弁.それが一番実感できるってことで,一家そろっての一番人気は,なすびカレーと相なりやした〜.

2007年11月27日

グラントワへ続く歩道のベンチ

写真でつづる益田旅行記は,今回でひとまずおしまい(文字だけなら,ほかにも書けることいっぱいあるが,そろそろ「独学でデザイナーになってみたという話」の2回目も書かなければシャレにならない).

益田駅とグラントワを結ぶ道は大部分が拡幅されて,広くなった歩道には木製のベンチが点在していたのだけれども,これがまた一点一点形が違うのなんのって.日暮れて帰りの列車に乗るべく駅へと帰す道中,そのいくつかを写真におさめてきた.

グラントワへの道中で見つけたベンチの写真1 グラントワへの道中で見つけたベンチの写真2 グラントワへの道中で見つけたベンチの写真3 グラントワへの道中で見つけたベンチの写真4

ほかにもさまざまなベンチが設置されているので,街を散策しながら探してみるのも楽しかろう.

ところで,この通りに面する敷地に市立図書館がある.駅に近い図書館というのは,旅先での調べ物や行き帰りの寄り道に重宝する.それから,一部区間は拡幅の手が全く及んでいない,旧来の道幅の区間も残っていて,ちょっと昔の商店街のようなたたずまいが,再開発の著しい一帯にポツンとたたずんでいた.

2007年11月23日

赤い殿堂,グラントワ

さらに続くグラントワのネタ.

中庭の写真

赤い石州瓦が用いられること,屋根に12万枚,壁に16万枚という(内藤廣「建物は街に語りかけている」『島根県立石見美術館コレクション選』2005).赤瓦の家並みが多い石見でも,ひとつの建物にそんなにたくさん使った例はほかにあるまい.そもそも壁までも赤瓦で覆うというのだから,用い方から独創的.さながら赤糸で威(おど)した大鎧(おおよろい)のごとし.職員さんによると,瓦の色は6色に分けられるとか.鮮やかな赤茶色もあれば,青く光るものもあって,瓦の群れが見せる表情は,均質化されているわけではない.

中庭から見た夜の回廊の写真

水盤を持つ中庭の地面を覆う煉瓦も赤ければ,中庭を囲む一面ガラス張りの回廊までも赤い.カリンの木であるという.

日が落ちて,ライト・アップされた中庭は,いよいよ赤く燃え上がる.水盤にもそのさまは映し出されて,厳島神社かとも見紛うほど.

夜の中庭の写真

2007年11月22日

グラントワで願いごとをかなえる方法?

グラントワの職員さんから聞いた話.

島根県立美術館の野外彫刻で,宍道湖に向かって行列をなす12匹のうさぎ,すなわち籔内佐斗司「宍道湖うさぎ」.このうち宍道湖に2番目に近いうさぎに,西を向きながら触れると,なんかいいことがあるとモッパラのウワサだが,グラントワにも似たような話これあり.

澄川喜一「おろち」全景の写真

グラントワ正面に鎮座ましますは,施設のセンター長でもある澄川喜一の彫刻「おろち」.

「おろち」の鼻の写真

その鼻の穴は,左右貫通していて,両穴から指を入れて指先が触れあうと,これまたなんかいいことがあるとかないとか.

何らかの効能を得られたという人あらば,グラントワまたはタヌキにゅーすまで連絡されたし.出雲大社の霊験いまだ現れずと嘆く人(誰?)が,はるか東国より飛んでくるやも知れず.

2007年11月21日

グラントワのコンクリート壁をよく見ると

先週の益田行きの報告をしなければと思っているところですが,今日は写真を1枚出してみます.

今回,初めて《グラントワ(島根県芸術文化センター)》に行きまして,建物をじっくり見る機会に恵まれました.

島根県立石見美術館と島根県立いわみ芸術劇場を両輪とする複合施設.内藤廣の設計で2005年竣功.石見地方の家並みを彩る赤瓦を,屋根だけでなく壁面にも多く用いた建築ですが,コンクリート壁も随所で印象的な表情を見せています.

グラントワのコンクリート壁の写真

写真の通り,コンクリートの壁に木目がついているのです.おそらく木製の型枠の表面を押し当てたものと思われます.安藤忠雄の作品などで知られる打ち放しのコンクリートの硬質感とは異なる,やわらかな肌合いが感じられます.詳しく用例を調べたわけではありませんが,こういう処理は戦後日本のモダニズム建築でしばしば見られます.丹下健三《広島平和記念資料館》(1955)しかり,島根県内でも菊竹清訓《旧島根県立博物館》(1958)などの好例があります.

《グラントワ》ではこの木目のついたコンクリート壁が,美術館ロビーのアーチ状の天井をめぐり,劇場大ホールを長大な折壁となって覆い,ダイナミックな内部空間を作り出しています.これは一見の価値あり,です.

2007年11月16日

グラントワから



仕事の打ち合わせで、島根県の益田市っちゅートコに来たノダ。ただいまグラントワで昼食中。

2007年11月14日

IXY

カレコレ8年使ってきたディジタル・カメラが成仏しちゃったんで,新しいカメラを買うたノダ.

IXYの写真

IXY DIGITAL 910 ISナノダ.

タヌぼーとしちゃ念願のIXYナノダ.1996年に初代IXYがAPS版(懐かしいニャ)で出て,江角マキコがネックレスのよーに首からIXYさげてる広告見たときにゃビックリしたニャ.機器って感じじゃなくて,ほんとアクセサリーみたいだったもの.そのときから縦置きで小型の直方体でさ,タヌぼーに似合うかどーかは別として(笑),こーゆープロダクトを手もとに置いて使いたいニャって気がしたノダ.

はじめてディジタル・カメラ買ったときにゃ,まだIXYのディジタル版が出てなかったから,やっとこのときがめぐってきたってトコでござい.

こーして手にとってみますとですな,ナンかに似てる……そーだ,『水戸黄門』の印籠(笑).まーるいズーム・レンズの部分が葵の御紋でさ,「この紋所が目に入らぬか〜」なんて(伊吹吾郎風に).うん,このネタ当分使おっと(どこで??).

2007年11月10日

「インド料理 SPICE」のサイト,本日開設

新作の速報です.

松江市学園通りのインド料理店「SPICE」のサイトが本日開設しました.

トップ・ペイジのスクリーン・ショット

メニューと店舗の紹介のほか,月替わりのおすすめメニューなどお店の最新情報や話題をお届けするブログ,店内のインテリアや雑貨を紹介するフォトアルバムなどがあります.詳しいお話は,後日改めて.


拡大地図を表示

2007年11月 8日

インド料理店の仕事したノダ



詳細近日発表。しばしお待ちゃれ。

2007年10月28日

独学でデザイナーになってみたという話[1]

高等技術校を卒業したという新人のデザイナーの方から先日,「デザインやwebの知識などはすべて独学なのでしょうか?」と質問をいただきました.ひとことでお答えすれば「はい,そうです」ということになるわけですが,その折の約束で,この場を借りてもう少し詳しく書いてみます.不定期に全4,5回程度で(引っ張るニャ〜).

私が通った中学校では,学期始めに『わたしの生活記録』という学校が定めたB5判のノートが生徒に配布され,毎日4行程度の記事を書いて担任に提出していたのですが,3年生のとき私はそれを,現在このタヌキにゅーすで多用している「石ちゃん語」で書いていました.すでにそのころから「〜ナノダ」とか言うてました(笑).タヌキにゅーすのヘッダー画像に登場する,タヌキぼーやの図も添えて.担任の先生も面白がってくれたのか,時には記事の拡大コピーをプレゼントされたこともありましたし,友達が私の記事にツッコミを書き入れてくれることもありました.おかげで,モノを書くささやかな愉しみを覚えました.

そんなころ市立図書館で,進学を目指す高校の文藝部が,1940年代末から50年代にかけて作った雑誌を見つけました.戦後,新制高校が発足したころのもので,紙質は決してよくはありませんが,印刷所が活版で組んでいましたから体裁はなかなか立派です.しかも,新制とは言っても高校生がまだエリートだった時代の雑誌ですから,後続世代の高校生が書くものに比べて,文章も格調が高い.こういう雑誌に,自分の書いたものを載せてみたい,と思うようになりました.いや,別に石ちゃん語で書いたものを載せるつもりじゃなかったんですよ(笑).

そして,晴れて志望校に合格した私は,文藝部に入部.文藝部誌の執筆と編輯に携わり始めました.今にして思えば,これがデザイナーになる道の入口だったのです.

(つづく)

2007年10月17日

島根三大暑がり,布団に悩む

1日の最低気温が10℃以下で,最高気温が20℃を越えるよーなトコからお届けしてます,このタヌキにゅーす.

ワタクシ島根三大暑がりのひとりとしましては(んじゃそりゃ??),このところ寝てる間の掛け布団に困っとりまして.消灯のときがまだまだぬくいから一番薄くて毛布1枚,夜中に少し厚いのに替えて,明け方に「ちょと冷えるニャ」ってことで,フカフカなのに替えてさ,一晩に2回は布団交換に目ェサマしてるノダ.どーも温度調節がムズい今日コノゴロナノダ.

これがホテルだと,年中同じよーな布団でも間に合っちゃうのは,やっぱ空調の違いなのかニャ? あんま外泊しないタヌぼーにとっちゃ,長年のナゾでござーますガナ.

2007年10月 6日

夢の「ししとう選別機」

夕食に出たししとうの焼いたのが,今夜はどーしたワケか,家族みんな辛いのばっかり当たっちゃって.

いつもは,ししとう5本中1本くらいしか辛いの当たらないのに(ナゼかオカンだけ1,2本余分に当たるノダけど),今日は5本中4本くらいの勢いでさ.んもー,どいつもこいつもヒーヒー言ってたノダ(血と汗と涙).

……出荷前か調理段階で,数あるししとうの中から,辛くて辛くてよう食わんししとうを選別する方法ってないもんじゃろか?

それこそ「ししとう選別機」でもありゃ,あーたもう,電気洗濯機以来の劃期的発明でんがなまんがな.日本国民ロウニャクナン