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2005年10月24日

しまね大田楽・真伎楽

パンフレットの写真

昨年に引き続き,島根県民会館で「しまね大田楽」の上演がありました.私は今年初めて見に行きました.

昨年6月に亡くなった和泉流狂言方の五世野村万之丞さん(八世野村万蔵を追贈)は,もうひとつの顔である「総合芸術家」としての活動の大きな柱として,廃絶した日本の藝能の復元に取り組んでいました.中でも,田植の際に催された舞や囃子に由来し,平安・鎌倉時代に大流行した田楽(でんがく)を再興した「大田楽」は,万之丞さんの代表的な仕事です.

今年の「しまね大田楽」は,飛鳥・奈良時代にかけて仏教寺院の法会などで上演された伎楽(ぎがく)を,これも万之丞さんによる復元作業を経た「真伎楽」と併せて上演されました.いずれも一般公募した多数の地元市民が,キャストやスタッフとして参加したそうです.

「真伎楽」の印象をひと言で記せば「シルクロードの終着駅」.奈良の正倉院と取り違えたわけではありません(笑).中国,朝鮮からインド,東南アジアまで,アジア各地の藝能が,次々に繰り広げられたかのようでした.仏教伝来から,遣隋使・遣唐使,東大寺大仏の開眼供養に至る,国際色豊かな古代日本を想像させるのに,充分なものがありました.

中学校に上がる前だったのか後だったのかは忘れましたが,1980年に催された東大寺大仏殿のいわゆる「昭和の大修理」の落慶法要の様子を,TVでほんの一部だけ見たことがあります.あまたの僧侶が唱える読経(と呼んぶのが正しいかどうかはわかりませんが)のメロディーや,ユーモラスな表情をたたえる伎楽面に頭をスッポリと覆った人々が登場する場面を,「真伎楽」を見ながら久々に思い出しました.

「大田楽」と言えば,私はNHK大河ドラマ『太平記』(1991)を思い出さずにはいられません.足利尊氏の生涯を描いた『太平記』は,万之丞さんが本名の野村耕介を名乗っていた時期に藝能考証を手がけた作品です.第1回最初のシーンは,有力御家人・安達泰盛の館での田楽の上演.高々と建てられた竿によじのぼって軽業を披露する田楽法師が,館に押し寄せる軍勢を目撃する…….泰盛が北条得宗の内管領・平頼綱に討たれる霜月騒動が,そのように描かれました.その後,ストーリーでは白拍子の一座が重要な役どころとして活躍,やがて藝態を変えて今日の能に近いものを生みだし,終盤には一座を率いる夫妻の息子として若き日の観阿弥も登場しました.最終回は,尊氏が妻と佐々木道誉とともに「三番叟」(舞ったのは万之丞さん本人)を観ながら生涯を回想する場面で終わるという具合に,1年を通じてドラマの進行とともに中世藝能史絵巻を見せていました.中でもドラマの前半は,田楽狂いとして知られる鎌倉幕府の執権・北条高時の時代ということで,随所に田楽の場面が盛り込まれました.『太平記』を通じて観た演技,耳になじんだ囃子の音を,10数年の歳月を初めて直に接することとなり,大変懐かしい思いをしました.

さて,2003年に万之丞さんの演出で観た「復元出雲阿国歌舞伎」に続き,今回「大田楽」「真伎楽」を通じて改めて気づいたのは,復元した藝能を一般市民の観賞に供する際の万之丞さんのスタンスです.400年前,出雲の阿国が四条河原で上演したとされる「かぶき踊り」を始めとする初期の歌舞伎を甦らせた「復元出雲阿国歌舞伎」では,池乃めだかさんが定番のギャグを披露しました.「真伎楽」では日本を含むアジア各地の獅子舞の共演が盛り込まれました.「大田楽」に至っては,一輪車も登場しての中国雑伎まで観ることとなりました.かぶき踊り,伎楽,田楽を,史料に基づいて厳密かつ忠実に再現しようとすれば,眼中に入りそうにない要素を敢えて取り入れている.この点に,単なる(と言っても困難を極める作業と思われますが)復元にとどまらない,現代のエンターテインメントとしての藝能を万之丞さんは見せようとしたのではないか,と私は思うのです.サドルの位置高い一輪車に乗りながら,足だけを使っていくつもの椀を頭の上に乗せていく藝での,舞台・客席一体となった盛り上がりには,現代のエンターテインメントとしての「大田楽」の成果を感じました.あれはTVの生放送で一度見たことがありましたが,ナマの臨場感と昂揚感は格別でした.

2年続いての「しまね大田楽」となったわけですが,今後どのような方向に進むのか,興味あるところです.来年以降も有料公演として続けるのであれば,毎年同じ内容では観客もキャストもさすがに飽きてしまうでしょう.今年は「真伎楽」を併せて上演し,1週間前には兄弟プログラムのような位置づけで,朝鮮の「鳳山仮面劇(ボンサンタルチュム)」の公演もあり,一定の工夫のあとがうかがえました.さて,次はどんな手を打ってくることでしょうか.

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