近鉄特急に喫煙ルーム導入へ
- 喫煙ルーム:近鉄特急に来春導入 関西の大手私鉄では初(毎日,jp)
客車内を全席禁煙とした上で導入するとのこと.
対象となる列車での「喫煙ルーム」の必要性や,分煙対策上の実効性については,これだけの情報では何とも言えないところがありますが,「禁煙車を設置」するという鉄道の客車における旧来の分煙対策の発想が,確実に転換しつつあることを示す,事例のひとつには変わりないでしょう.
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客車内を全席禁煙とした上で導入するとのこと.
対象となる列車での「喫煙ルーム」の必要性や,分煙対策上の実効性については,これだけの情報では何とも言えないところがありますが,「禁煙車を設置」するという鉄道の客車における旧来の分煙対策の発想が,確実に転換しつつあることを示す,事例のひとつには変わりないでしょう.
今年も三が日のうちに,出雲大社と古代出雲歴史博物館に行ってきたノダ.出雲大社じゃ,普段は一般開放されてない瑞垣の内まで入ることができるんでね,本殿前の楼門をじっくり見たり,楼門の向こうに本殿の階を見たりしてきたワケでござい.歴博じゃ,古代米のつきたてお餅をもろて帰ったノダ.
去年に続いて,大社と歴博のまわりじゃ,車輌通行止めや一方通行で,一般の自動車の交通規制をしてたノダ.
いつもは自動車用の2車線が中央に鎮座ましまし,両脇に歩道が充分に確保されてない神門通りも,こんな具合に歩行者がわんさかナノダ.もう歩きやすいのなんのって.それに,これこそ門前町の風情ってモンでしょ.
やっぱ門前町ってのは,参拝客歩かせないことにゃ繁盛しないハズ.社寺参拝の行き帰りに,ぶらりと立ち寄れるのが,参詣道に面したお店のいいトコだもの.そこに自動車どんどん通らせて,しかも社寺の境内の隣りに大きな駐車場があろーものなら,参拝客は社寺に直行しちゃって門前町は素通りナノダ.JR大社線が廃止になったのも(1990年),神門通りの商店が激減して,生き残ったみやげ物店が出雲大社の駐車場附近に集中しちゃったのも,その結果なんじゃなかろか.
大みそかや三が日だけと言わず,「歩く門前町」の日,増やしてって欲しいモノだニャ.
今年3月から新幹線や特急を全面禁煙としたJR東日本を相手取り,その措置の取り消しを求める訴訟が起こされていたというのは,実はこの記事見るまで知りませんでした(このところ顔が出せないでいる「しまね子どもをたばこら守る会」の会合では,もしかしたら話題になったことがあるのかも知れませんが).
裁判の詳しい経緯は,この記事だけでは充分にわかりませんが,受動喫煙による乗客や乗務員への健康被害の防止や,密室化した乗り物内での防災という点から,車内での喫煙はそう簡単に認められてよいものではないでしょう(むしろかつての,車内で喫煙できるのが当たり前だった状態の方が問題なわけで).
ただ,公共の空間での全面禁煙化の流れに対して,世の中あちこちにくすぶっている反発の一端が,こういう訴訟の形であらわれたことは,「守る会」を通じてタバコの問題にかかわっている身として,記憶にとどめるべきことかも知れません.禁煙化の流れを「喫煙者の肩身が狭くなる」ととらえる人たちも,まだまだ世の中には多いですから,私たちのような立場の者が,禁煙化の意義をちゃんと説明できるようにならなければいけないと思います.
島根県立古代出雲歴史博物館の姉妹サイト「いずもる」に,ワタクシはデザイン・スタッフのひとりとして参加したほか,「電車でチャリ旅」という企画の元ネタを出したという話を,以前少し書きました.その取材から,ちょうど1年がたちました.観光にはちょこっと寒い時期だったんです,ハイ.
元ネタを出した名残で,大社町内の取材に同行,「グラフィックデザイナーの石川さん」が登場して建築案内となりました.
《一畑電鉄出雲大社前駅》《旧JR大社駅》《出雲大社庁の舎》を取り上げたのは,古代出雲歴史博物館の存在によるところが大きいのです.
博物館には,1927年に製造された一畑電鉄の旧車輌の一部と,2002年に解体された《一畑電鉄松江温泉駅》(1927)の部材を用いて再現された改札口が常設展示されています.博物館を出て,出雲大社への参詣道である神門通りを南下すると,かまぼこのようなドーム屋根とステンドグラスが印象深い《一畑電鉄出雲大社前駅》(1930/登録文化財)があらわれ,やがて,かつての町の玄関口にふさわしい威容を伝える和風駅舎《旧JR大社駅》(1924/重要文化財)に至ります.地域の鉄道にまつわる博物館の展示と,町内に残るふたつの鉄道遺産.これらをつなぐことで,鉄道をテーマとした大社の旅のプランが提案できると考えました.
一方,《出雲大社庁の舎》(1963)は,現代日本を代表する建築家のひとりである菊竹清訓の名作です.菊竹と同世代の槇文彦の最近作としての《島根県立古代出雲歴史博物館》(2007),そして文中には登場しませんが,菊竹,槇より若い世代を代表する伊東豊雄の《大社文化プレイス》(2000)とあわせて,現代建築をテーマとした旅を想定して,紹介したいと思いました.
ま,要するにワタクシの趣味丸出しのプランということになるわけですが(笑),そこらへんの観光ガイドブックに出てこない切り口で旅のプランを提案するのが「いずもる」の役目のうちなので,その意味では悪くない目のつけどころかと.
もちろん,大社の建築といえば《出雲大社》を忘れてはなりませんし,古い社家町や門前町,稲佐の浜にほど近い漁師町など,ほかにも見どころは数々あります.そのあたりのこととなると,ワタクシもまだまだ知らないことだらけですから,これからボチボチ探検しながら,別の機会に紹介したいところです.
昨日,NHKの夕方のローカル・ニュースで,一畑電鉄の最古参車輌である50系電車を取り上げていました.出征兵士を乗せて駅を発つ様子を収めた古い映像,汗だくになりながら定期点検にあたる整備士,炎天下の温度変化の激しさで車輌が発する音,静態保存の車輌で遊ぶ子どもたちなど,この車輌の「夏」を映し出す,といったものでしたが,「老朽化や部品の確保が困難になってきたため,数年のうちに引退することが決まっている」とも伝えました.
写真:2005年,出雲大社前駅で撮影.
1927年製造の50系電車をはじめ,昭和戦前期に製造された電車は,1990年代なかばの新型車輌導入を境に,そのほとんどが現役を退きました,今ではお座敷電車として不定期運行されている電車が,現役としては最後の生き残りだったかと思います.
全国各地で復活した蒸気機関車や,新旧さまざまな車輌の路面電車が行き交う広島電鉄の例を引くまでもなく,製造年代の古い車輌が現役で活躍していること自体が,その鉄道路線の魅力につながるわけですから,これに変わる新たな魅力の創出に向けて,鉄道会社も沿線自治体・住民も,智慧を絞って行動に移さなければならないでしょう.

約1年ぶりでJR安来駅に下りたら,うわっ,駅舎がまっぷたつになってまんガナ(汗).
ちょーど駅舎の建て替え工事中で,旧駅舎を半分だけ残して,解体した半分の跡地に新駅舎を半分だけ先に建ててるトコナノダ.新駅舎は木造みたいだニャ.
木曜日の午前中,出雲市内の外出先で山陰中央新報をめくっていたところ,一畑百貨店出雲店(ツインリーブスホテル2階)で,一畑電鉄立久恵(たちくえ)線【Wikipedia】に関する,山陰の鉄道研究家による写真パネル展がある記事を見つけ,早速帰りに立ち寄ってみました.
一畑電鉄立久恵線というのは,今からおよそ40年前まで,出雲市駅-出雲須佐駅(現在の出雲市佐田町須佐)間を結んでいた鉄道路線です.出雲市駅を西へ発ち,1km足らずを山陰本線,大社線(1990年廃止)と併走した後,南へ折れて神戸(かんど)川沿いを走り,立久恵峡を経て須佐へ到着する,といったルートをとっていました.
前身は大社宮島鉄道.出雲大社と宮島の厳島神社,言い換えると山陰と山陽を鉄道で結ぼうという壮大な構想のもと誕生した私鉄です.その第1期開通区間として1932(昭和7)年に運行を始めました.出雲須佐以南への路線延伸は実現せず,出雲鉄道への社名改称,戦後の一畑電鉄による買収を経て,1964(昭和39)年の水害により運行休止,そのまま翌年廃止となりました.路線跡の多くは,現在の国道184号線に転用されているそうです.
個人的な話になりますが,塩冶地区内の路線跡,つまり国道184号線の「医大通り」と呼ばれる区間は,生活上なじみ深い道路です.そこを自転車ではなく鉄道で通るということ,途中には駅まであるというさまを思い浮かべると,日ごろ見なれた景色の中に,いつもとは異なる表情を発見できるような気がします.
展示パネルの中には,大社宮島鉄道時代と一畑電鉄立久恵線時代,それぞれの鉄道会社が発行した立久恵峡の観光パンフレットがありました.文体や誌面のレイアウトなどに時代ごとの特色が現れていて興味深かったのとともに,今ではバスか自家用車でなければ行けない地元の景勝地に,鉄道で降り立つ気分はどんなものだろう,と想像して楽しみました.
お客さんの中には,旧沿線住民と思しきオバチャンたちもいて,昔話に花を咲かせていました.私も中学時代にJR大社線の廃止を経験しましたから,いつかこのオバチャンたちのような想い出話をすることがあるかも知れません.
一畑電鉄の現行路線を数年前まで走っていたクリーム色に塗装された電車の鉄道写真や,昔なつかし硬券の切符,記念乗車券も展示されています(実は展示の約4割を占めているのですが).近年の新型車輌導入や駅舎の建替・改築で大きく様変わりする間際の,ついひと昔前までの一畑電鉄の風景を思い起こさせてくれます.
9月から10月にかけて,松江と米子を巡回して展示するそうです.
おととい梢庵での打ち合わせのあと,帰りの列車を待ったのは,その名もズバリ来待(きまち)駅.おともだちが駅に勤めてるノダ.紹介しましょ.
「毎度ご利用ありがとうございまーす」
「子連れで勤めてまーす.でも,今さらア○ネスだなんて呼ばないで下さいねー」
「くださいねー」
えー,↑の言ってることがわかんない人は,「アグネス論争」で検索してちょーだいませませ.
ちなみにこのおともだちの体の成分,ここらの名産・来待石だそーな.プラットフォームにゃ来待石で彫った石灯籠も立ってるノダ.
交通手段の多様化と,鉄道そのものの高速化が進んだため,全国的に寝台特急の利用が減って,本数が減ったり,区間が短くなったり,姿を消したりつつあるノダ.そんな中,ウチのご近所・出雲市駅発着,山陰本線-福知山線-東海道本線経由の「出雲」(出雲市-東京)を,2006年3月のダイヤ改正で廃止するって,JR西日本が発表したノダ(JR西日本,山陰中央新報).
「出雲」についちゃ,沿線の鳥取・島根・兵庫3県の知事が連名で存続要望書をJR西日本に出してた中で(山陰中央新報),この正式発表だったから,鳥取県を中心とした沿線自治体は相当反発してるみたいナノダ.
出雲市-東京を結ぶ寝台特急にゃ,伯備線-山陽本線経由で,A・B寝台ともに全部個室なのがウリの,「サンライズ出雲」があるノダ.このまま「出雲」が廃止になったとしても,島根県と鳥取県西部にゃ,ほとんど影響がないんじゃなかろか.でも,「出雲」以外に東京方面とを直接結ぶ列車がないハズの,鳥取県中西部と兵庫県北部にとっちゃ,そうは問屋が卸さねぇだろニャ.
今日の『山陰中央新報』によると,
廃止の代替策として、上郡駅(兵庫県)で伯備線経由のサンライズ出雲に乗り換えられる鳥取発岡山行きの特急「スーパーいなば」と、特急「まつかぜ」の増便で対応するとした。
そーナノダけど,つまり鳥取駅と上郡駅で2回乗り換えってことでっか.こりゃあーた,東京へ直通で行けた今までのメリットまるでなし.しかも上郡駅での乗り換え時刻って,現行ダイヤをもとに予想すると,東京方面行きが23時台,鳥取方面行きが5時台にならないかい? 乗客の鉄道離れに拍車かけるのが関の山って気がしちゃうノダ.
「出雲」の発着駅を倉吉か鳥取に替えるとか,それこそ「サンライズ出雲」みたいに魅力のある新車輌投入するとか,いきなり廃止話持ち出す前に,やりようはなかったんかね?
弓ヶ浜半島を縦断するJR境線(米子―境港)の全16駅に,妖怪にちなむ愛称が入った駅名標が取りつけられて,昨日記念式典だったそーナノダ(山陰中央新報).
「ナンデ妖怪やねん?」って思った人に向けて解説すると,沿線の境港市ってとこは,『シルクロードの喜多郎』じゃなくて,『ゲゲゲの鬼太郎』でおなじみの水木しげる翁の出身地ナノダ.境港駅降りると,駅前から商店街にかけて,妖怪のブロンズ像がいっぱい並んだ「水木しげるロード」になってて,途中に水木しげる記念館や妖怪神社まであるノダ.全国有数の水揚げ量のある漁港で有名な境港市だけど,近ごろは“妖怪のまち”ってことで観光地化してきてるノダ.
そんなこともあって,境線にゃ数年前から「喜多郎列車」って言って,シルクロードを横断……あ,そのボケはもうエエって? 「鬼太郎列車」って言って,車輌の内外に鬼太郎や目玉のおやっさんはじめ,水木作品でおなじみの妖怪がいっぱい描かれた普通列車が走ってたけど,“妖怪鉄道化”をさらに進めて,各駅に妖怪の名前を愛称としてつけて,妖怪を描いた駅名標を設置する,なんてことも始めたんだって(JR西日本).
もっとも,駅のある土地と妖怪の関聯があるたぁ思えんから,しょーじきなとこ全駅に妖怪の名前ってのはどーもピンと来ないノダけど,水木しげるロードとの連続感を出すって意味じゃ,それもまたオモロいかも.水木ロードが米子駅まで一気に19km延びたみたいで,スケイルでっかいニャ.
ちなみに境線の列車はほとんど各駅停車で,米子―境港間は約40分.JRのローカル線にしては(たぶん)珍しく,駅間が平均1km程度と短いモノだから,列車が全速力出す前に次の駅に着いちゃうみたいな(笑).上り下りとも1時間に1,2本あって,普通列車は出雲市―米子間並みの本数が出るから,通勤・通学や買い物,ちょっとしたお出かけにもよさそーナノダ.弓ヶ浜半島は基本的に砂地なんで,車窓から見える耕地はモッパラ畑.車内も車窓も,地元の暮らしがよーく見える路線ナノダ.
ちなみに,境港市出身と言えば,水木しげる,植田正治,宮川大助.小さな町なのにまあ,いろんな人が出てまんな.
写真:山陰本線と境線との乗換駅・米子駅“霊番乗り場”は「ねずみ男駅」(2005年10月撮影)
今日は菜の花鉄道を作る会による,一畑電鉄一畑口駅周辺での菜の花の種まきがあったそうで,関係者のみなさん,参加者のみなさん,おつかれさまでした.
私はあいにく参加がかないませんでしたが,その代わり鉄道にちなむ話題を.
10月14日は,1872(明治5)年のこの日,新橋―横浜間に日本最初の鉄道路線が開業したことを記念して制定された「鉄道の日」です.その記念行事のうち,出雲地方で開催されるものを中心に紹介します.
《TIME'S》の第2回が間に合わないんで,昨日の松江行きで買った切符のお話ナノダ.
一畑電鉄にゃ休日ダイヤの日(土・日・祝)だけ使える「4枚切符」ってな,4枚綴りで1ヶ月間有効の回数券があるノダ.割引率が50%,スナワチ2往復分の切符が1往復分のおカネで買えるノダ.
電鉄出雲市駅-松江しんじ湖温泉駅間の4枚切符が1,340円だから,片道335円.JRは出雲市駅-松江駅間の乗車券が570円ナノダ.
出雲市駅はJRと一畑は隣り合ってて,松江だと2km以上は離れてるから,イチガイに比較はできんけど,松江でバスとか乗り継ぎの必要がないなら,休みの日は一畑の方が交通費安くあがるノダ.
ちなみに各駅停車での所要時間は,一畑の電鉄出雲市駅-松江しんじ湖温泉駅間で55-60分程度,JRは出雲市駅-松江駅間が40-50分程度(駅での待ち合わせ時間によって結構違ってくる)ナノダ.一畑の方が時間はかかるけど,JRが宍道湖南岸周りなのに対して,一畑は北岸周りで,同じ宍道湖でも眺めがだいぶ違うから,それぞれに楽しみがあってワケナノダ.
石川陽春:いしかわ・きよはる
グラフィック・デザイナー.1977年1月27日生まれ.島根県出雲市在住.紙媒体の広告とwebを中心に手がけるが,書籍・雑誌にも本格参入予定とか.タヌキのぼーやだけに,気分はまだハタチ前(ヲイ).「自家用車なければ生活できぬ」と言われる島根県にあって,家族(両親と本人)に自動車免許取得者(四輪)はいない.2050年『石ちゃん語辞典』刊行予定.