「2006年 松江・能を知る集い」のデザイン[1]
「松江・能を知る集い」は,全国さらには海外の各地で頻繁に催されているであろう能のワークショップの中でも,異色の存在なのかも知れません.
まず,面や装束をつけてみようだとか,囃子方の楽器に触ってみようだとかいった話が出たことはありません.また,謡の一節を取り出してお稽古の体験,みたいなこともありません.
過去2回の「能を知る集い」では,「能の身体感覚」がテーマになりました.例えば,分業制をとっている能楽師たちが一堂に会するとき,どのように呼吸を合わせてひとつの舞台を作っているのか,という視点から,鼓を打つ際の掛け声を出しました.床を区切っただけの能舞台に,参加者を地謡,囃子方,後見,ワキ方,観客として配置し,その中をシテ方の役をする参加者が歩き,四方を多くの人に囲まれる能の舞台空間を体験したこともあります.そのほか「ノイズを含む声」「歩行と呼吸の関係」……など,まさに「体で感じる能の世界」(当時のチラシのコピーより).槻宅聡さんと安田登さんの紋付姿を除くと,誰の目にも明らかに能のワークショップ,あるいは“日本の伝統ナントカ”と見える要素は,ほとんど登場しません.
それだけに,「能を知る集い」のイメイジを広告として視覚化する作業は,他の能関係の催しの広告をデザインするほど容易なものではありません.能面や演能の写真をポンと配置して,「幽玄の世界」云々と陳腐な常套句を毛筆系の書体で組むといった“ごまかし”が利かないのです.ありきたりな方法で“日本の伝統ナントカ”を強調しようとしても,「体で感じる能の世界」は,時代を超えて現代に生きる藝術,すなわち本来の意味における“古典”としての能を映し出しているのですから.
「能を知る集い」の広告では一貫して,
- 使い古された言葉としての“日本の伝統ナントカ”を離れること
- 私たち現代人が参加して大きな喜びを得られること
をデザインの主題に据えてきました.そのことが,石原まゆみさんのイラストレイションの使用と,現代的な表情を持つ明朝体とゴシック体を中心とするタイポグラフィへとつながっているわけです.