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NonSmokin' Clean

連載 01
被害者無視の「喫煙マナー」
島根大学の学務広報誌『島大通信』40号を読んで

石川陽春
2001/10/25/thursday


連載第1回としては唐突ですが,今回は,連載を始めるきっかけとなった出来事に対するプロテストをお届けします.

私が大学院生として在籍する島根大学では,「学生・教職員のための学務系広報誌」と銘打った『島大通信』(編集+発行=同誌編集委員会/島根大学教務課,年4回発行)という冊子が,学生と教職員向けに配布されています.その最新号40号は,10月からの新学期開始ともに,学内各所に積み上げられましたが,「注意! CAUTION」と題する見開き2ペイジの特集記事のうち1ペイジを,「喫煙マナー」の記事に当てていました.私は,自らが所属する研究室の学生自治会で,学生研究室等の分煙化に取り組んできたこともあり,この記事に大変興味を覚えました.

島根大学では,この1年で,全学的に建物内(教室,廊下,階段,トイレ)の大部分が禁煙とされ,建物の出入口や廊下,トイレ,教室には,「禁煙」と掲示が広がるとともに,(一方では困ったことに)建物の主要な出入口には灰皿が「充実」し出しましたが,大学当局が今回ほどまとまった量で「喫煙マナー」に関する情報を学内に流したことは,少なくとも私が学部生として入学した1995年以降では例がないと思います.

以下に該当箇所を全文引用します.


■『島大通信』40号(2001/09),p. 15

喫煙マナーについて

この記事は,喫煙者が作成した喫煙マナーについてのHPを参考に掲載しました.
建物内,学内,学外を問わず守ってもらいたいことです.

■ タバコに火を付ける前に,まず灰皿を探すこと.
■ 歩きながら吸わない.(火が付いたタバコを持って歩くことも含みます.)
■ 食事のときは,同席の全員が食べ終わるまで待つ.
■ 子供のいる部屋では吸わない.
■ 吸わない人に煙がかからないよう気を遣う.
■ 未成年者の見本になっていることを忘れない.

※学内はやがて落ち葉の季節を迎えます.くれぐれも,火の付いたタバコのポイ捨てなどしないようにお気をつけください.

(写真=学内施設の窓のふちに置き去られた,タバコの空き箱,いくつもの吸い殻,ペットボトル)

喫煙マナーに関する標語,川柳募集

【テーマ】
分煙・減煙・禁煙・絶煙・喫煙マナー
たとえば,
『火を付ける前に探そう灰皿を』

【応募要領】
締切 平成13年10月31日
学生センター内に専用ボックスを置きますので,メモ紙等に書いて投稿してください.
応募された作品は,次号『島大通信』で紹介します.

(写真=教養教室棟の出入口に置かれた2台の灰皿)


記事では,「喫煙マナー」が「建物内,学内,学外を問わず守ってもらいたい」もので,社会のあらゆる場面で忘れてはならない旨とともに,裸火であるタバコの火の危険性が表明されています.

ところで,私たちに「守ってもらいたい」としている「喫煙マナー」の6か条(以下,「喫煙マナー」6か条,と表記)には,非喫煙者がタバコの副流煙を強制的に吸わされる,いわゆる受動喫煙による健康被害を回避するために,喫煙者が採るべき事項が多く盛り込まれ,受動喫煙による健康被害の回避が,「喫煙マナー」向上のために重要な問題として位置づけられているように見えます.しかし残念ながら,この記事には,受動喫煙の被害者側の視点が欠如しています.あるいは,言葉が足らないために,そうした印象を受けるとも考えます.

そのため私は,『島大通信』の読者が,受動喫煙や分煙対策の理念について誤った認識を持つことを危惧するに至りました.また,「喫煙マナーに関する標語,川柳募集」や,「マナー」という字句による事態改善の呼びかけ自体にも,疑問があります.

以下,長文になりますが,7項目にわたり,記事中の字句に即して意見を述べておきます.


01……「吸わない人に煙がかからないよう気を遣う」(「喫煙マナー」6か条)

■ 「気を遣う」ことが,具体的にどのような行為なのかが示されていません.これだけでは個々の喫煙者次第で,密閉された喫煙室以外では喫煙しないこととも,半径1m以内に人がいないことを確認することとも,いかようにも解釈されてしまうでしょう.

■ 非喫煙者に「気を遣う」と言いましても,喫煙者と非喫煙者をどうやって区別できるのでしょうか? 非喫煙者が目の前に現れた途端に,タバコの煙は雨散霧消してくれるわけではありません.ですから,喫煙者が目の前にいる人ごとに,「ここでタバコを吸ってもいいですか?」と訊くのが,喫煙者と非喫煙者を区別する唯一確実な方法だと思います.しかし,他人の健康を害する行為の容認を求めることは,他人の健康の価値をないがしろにするもので,無礼極まりない質問です(「喫煙マナー」6か条に,「周囲の人にタバコを吸ってもよいか尋ねる」という項目がなくて,よかったと思います).「吸わない人に煙がかからない」ためには,喫煙者がこうしたことに「気を遣」わなければならないような場所では,喫煙しなければよいのです.室内のタバコの煙が外部に洩れないような「喫煙室」を学内数か所に設ける方が,どれほど意味があるか知れません.

■ 煙がかからないように「する」のではなく「気を遣う」とありますが,「気を遣う」では,「非喫煙者に煙がかかることがあっても仕方がない」,といったニュアンスが含まれるように感じます.学生・教職員の健康に悪影響を及ぼす行為を認めることが大学当局の務めではないはずですから,当局側が発する広報に掲載の文言には,慎重を期していただきたく思います.


02……「食事のときは,同席の全員が食べ終わるまで待つ」(「喫煙マナー」6か条)

■ 「同席の全員が食べ終わ」った後,喫煙者がどこかで喫煙することを想定しての文言だと思いますが,「どこで」喫煙するかによって,話は全然違ってきます.中には,「吸わない人に……気を遣う」という曖昧な表現にも支えられて,全員同席の場で喫煙してもよいのだ,という読み方をする読者もいることでしょう.

■ 私が所属する学生自治会で議論した経験を踏まえて言いますと,世の中では,「食事や酒の席での喫煙くらい大目に見るべきだ」という考え方が深く根を張っているようです.が,受動喫煙に苦しむ人たちにしてみれば,どのような席であろうが,タバコの煙がもたらすのは苦痛以外の何ものでもなく,「食事や酒の席での喫煙くらい大目に見るべきだ」といった言葉は,「酔っぱらいの言い訳」にしか聞こえません.加害者の都合で他人の健康を左右する行為に道を開くような文言は,先述の「吸わない人に……気を遣う」の場合と同様の理由で慎むべきです.


03……「子供のいる部屋では吸わない」(「喫煙マナー」6か条)

■ 子どもや非喫煙者が利用する場所でも,その場に子どもや非喫煙者がいなければ,喫煙してもよいかのようにも解釈できます.繰り返しますが,子どもや非喫煙者が現れた途端に跡形もなくなるほど,タバコの煙は利口ではありません.「子どもや非喫煙者の利用が想定できる場所では喫煙しない」というのが適切です.


04……「タバコに火を付ける前に,まず灰皿を探すこと」(「喫煙マナー」6か条)

■ 灰や吸い殻の処理に関しては,灰皿がある場所を見つけて(または携帯用灰皿を持って),灰や吸い殻を灰皿にもれなく落とせば,一件落着かも知れません.が,受動喫煙による健康被害の問題を回避するには,灰皿を探した「次に」何をすべきか,が重要です.つまり,喫煙者には,たとえ目の前に灰皿があろうとも,その場が「吸わない人に煙がかからないよう」な喫煙が可能な場所か,を判断する能力が要求されます.

■ ところが,学内各施設の出入口に備えつけられた灰皿の「充実」ぶりからは,灰皿を探した「次に」すべきことを喫煙者に考えさせる学内環境の姿は浮かび上がりません.テクストとともに,教養2号棟の正面出入口に備えつけられた立派な灰皿の写真が掲載されているのは,この記事の編集者・筆者が,こうした場所への灰皿設置を妥当とみなしているからだと思いますが,これでは,人通りの多い場所での喫煙を奨励するのが,灰皿設置者とこの記事の編集者・筆者の意図であるかのように見えます.学内環境の現状は,「吸わない人に煙がかからないよう気を遣う」という文言と矛盾をした事態を助長するものです.学内のタバコ対策を見直さずに,「火を付ける前に,まず灰皿を」と言っても,意味がありません.


05……「この記事は,喫煙者が作成した喫煙マナーについてのHPを参考に掲載しました」

■ 受動喫煙の問題を踏まえた「喫煙マナー」を示すならば,受動喫煙による健康被害をなくそう,という立場のホームペイジも参考にしてしかるべきでしょうに,「喫煙者が作成した……HP」しか参考にしなかった,というのは不自然です.

■ 参考にしたというホームペイジのURLが記事中にありませんので,そのホームペイジに何が書いてあったかは知りません.しかし,少なくとも,「喫煙者が作成した……HPを参考に掲載」したというこの記事からは,「喫煙マナー」6か条に含まれる受動喫煙に関する項目の多さに反して,受動喫煙の被害者の視点が見えません.


06……「喫煙マナーに関する標語,川柳募集」

■ 「分煙・減煙・禁煙・絶煙・喫煙」と,テーマがあまりに多岐にわたっており,大学のタバコ問題対策の方針がハッキリしません.

■ それ以前に,大学当局がタバコ問題を十分理解していないにもかかわらず,標語や川柳を募集するのは,本末転倒だと思います.今,私たちに必要なのは,学内のタバコをめぐる問題が何であるかを確認し,その対策への方針を議論する場であって,標語や川柳を作るのは,その後の話です.


07……「マナー」という字句――「マナー」ではなく「ルール」こそ必要

■ 「喫煙マナーを守りましょう」という言い回しがありますが,日本国内で販売されているタバコのパッケイジの表示のように,たいてい「喫煙マナー」の中身が示されずに使われます.すると,何を「喫煙マナー」と考えるかは人それぞれとなり,「喫煙マナーを守りましょう」と呼びかけるだけでは,タバコをめぐる問題を解決に導くどころか,かえって問題をこじれさせるもとになりかねません.

■ 今回の記事は,「喫煙マナー」の中身を明らかにしたという点で,漠然と「喫煙マナー」の向上を訴えるのとは一線を画します(その中身に重大な問題があることは,これまで述べてきた通りです).しかし,各人の裁量に中身を委ねて用いられることの多い「マナー」に,具体的な中身を与えざるを得なかったこと自体,「マナー」に訴えた問題解決の限界を物語っていると思います.私たちがなすべきは,「喫煙マナー」の遵守を呼びかけることではなく,学内での喫煙に関する「ルール」を作ることであるはずです.

■ この「ルール」は,どこかのホームペイジを参考にして掲載するといった,今回の「喫煙マナー」に関する記事のようなプロセスで作り出すべきではありません.インターネットの世界をもう少し注意深く観察するだけでもわかることですが,タバコ問題に関する考え方の違いには多様なものがありますので,誰もが納得のいく「ルール」を作るためには,タバコ問題の議論に,より多くの参加を求めるべきです(標語・川柳の募集も,議論に多くの人を集める一手段と言えますが,時期尚早です).


【初出】
『島大通信』編集委員長宛のemail,2001/10.

【付記】
島根大学ホームペイジのトップ・ペイジで,『島大通信』40号がPDFファイルで公開されています.

■島根大学……http://www.shimane-u.ac.jp/


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