
ひとつの演奏会のための広告一式を初めて担当したのですが,何しろ助成金が出なければ演奏会は赤字確実というほど,予算が非常に少ない(笑).印刷会社に入稿したのはA4判のチラシだけで,あとは主催者スタッフや私が持つ設備で印刷しました.通常,広告一式のデザインには,同一のことがらの広告であることが伝わるよう,極力統一感を持たせるべきものなのでしょうが,アイテムごとに印刷方式を変えざる得なかった今回,同じ1本の芯を通しながらも,思い切って自由にデザインを展開してみました.

小泉八雲の『怪談』で知られる“耳なし芳一”にちなむ曲を,八雲ゆかりの出雲地方で演奏する―という構想から生まれた演奏会.そこで,体じゅうに般若心経を書きつけられた芳一にちなみ,漆黒の闇に多くの文字を散らしました.催しに関する情報は勿論のこと,主に“耳なし芳一”にちなむ2つの演目から引用したテクストも,表裏の随所に配しました.
文字とともに主要なデザイン要素となっているのが,日本の伝統的な紋様です.それぞれに意味があります.
ほととぎす花たちばなの香をとめて なくはむかしのひとや恋しき(演目のひとつ「その後の耳無し芳一:寂光院」にも登場).
これら文字と紋様をどのように構成するか.これが考えどころでした.表は揚羽蝶,月,波の紋様による,月夜の海上を舞う揚羽蝶.文字通り「春の夜の夢」を形にしたものです.文字は星のように,波しぶきのように舞い,紋様にからみつきます.
裏は,体じゅうに般若心経を書きつけられた芳一の姿に近づけました.体に書かれた経文は,紙に書くように整然と文字が並ぶというわけにはいかないはず.縦横無尽に大小さまざまな文字がうごめくことでしょう.会場地図を含めて文字組全体を30度傾け,余白に紋様やテクストの引用を散りばめることで,情報を提供するという広告本来の機能を損なわない形で,文字群が交錯する感覚を表現しました.
グリッド・システム志向が強い作品が多い私にとって,大きな挑戦であったのかも知れません.
ポスターの中央にチラシと同じような画面が見えますが,これはチラシの実物を貼り付けてあります(笑).主催者スタッフである建築設計事務所の所員さんたちが,手作業で貼って下さいました.一瞥しただけでは,実物が貼ってあるとは気づかないのような仕上がりです.
A2判のいわば「台紙」に当たる部分は,建築設計事務所のCAD用プリンターで印刷したものです.この機器では,チラシのスミベタの再現が難しかったり,四辺に広い余白が生じたりするということで,チラシとは一線を劃するポスターのデザインを考えました.
そうは言っても,チラシとあまりに違う仕上がりとなって,同じ催し物の広告に見えないのでは,宣伝上不都合です.ポスターにチラシを貼るという暴挙(笑)に出たのにはそうした事情があったのですが,これは島根広告賞出品時に試みた,広告に合わせて特製のパネルをデザインするのと同一の手法によります.さながら広告賞が市街に飛び出したかのようです.

当日の来場時に受け取る公演プログラムは,観客にとって観覧の記念品となり得るもの.手もとに残しておきたくなるものを作りたいところです.
低予算とは言いながらも,竹尾の「里紙」と,文字印刷の精度が高いレイザー・プリンターに巡り合わせたおかげで,一定のクォリティーは保証されたわけですが,文字組が悪ければ,すべてが台なし.文字の凝集した感覚―これも“芳一”からの連想です―をもたらす詰組と,大胆にとった余白との対象により,緊張感のある画面を作り出し,公演への期待感を高める演出を心がけました.
Copyright ©1998-2008 by ISHIKAWA Kiyoharu
(石川陽春), all rights reserved.